尊重とは、同じ成長の途中に立つこと
ドクター総合支援センターの近藤隆二です。
今回は先日書いたNOTEの記事をそのままお届けします。
私はずっと、「人を尊重できる人になりたい」と思ってきました。
でも、「尊重するって何だろう」と立ち止まって考えたことは、実はあまりありませんでした。
そこで、自分なりに考えを巡らせ、先日のN O T Eには「尊重とは相手の成長を信じて接すること」だと書きました。
また、待つこと、見守ること、答えを急がないことは、誠実な関わり方だと信じていました。
しかし、ある日、尊重について話している最中に、
――この考え方は、どこか上から目線ではないか。
と感じたのです。
相手は変わる前提で、自分は変わらない場所に立っている、その構図に、違和感を覚えたのです。
さらに深く考えると、この違和感は「自分より未熟だと感じる相手」に対してだけでなく、「自分より優れていると感じる相手」に対しても、同じように当てはまることに気づきました。
見下すことも、見上げることもせず、
ただ同じ地面に立つ。
それは相手を尊重しながら、自分も同じように尊重することだと感じました。
人は皆、同じように成長の途中にいる。
ただ、今いる場所が違うだけだ。
この感覚は、以前から共感してきた
アルフレッド・アドラー
の考え方と、静かに重なっています。
尊重とは、
「相手の成長を信じること」だけではなく、
「相手も自分も、成長の途中だという前提で関わること」なのかもしれません。


